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Project Caravanができるまでとあとそれから。

Backpackers'Japanの前身となった"Caravan"結成から会社設立まで+αを綴った日記集。現在世界一周&ゲストハウス設立目論み中。

2009

02/28

Sat

02:10:17

雑談天国 

Category【 今までの話 】
前にも言ったんだけれど僕らの会議は大体Skypeで行われている。

ファイル送信も楽だしネットさえ繋がっていれば、どこでも話せるし、
四人で話せるしすっごい便利。



Skypeでのミーティングも十回以上を超え、
こういう形態のミーティングにも慣れてきた僕たち、


しかしこのときはまだ四人だけで会ったことがありませんでした。


そしてSkypeのミーティングも…便利なんだけど、
表情が見えないというのはやっぱりちょっと難しかったりもどかしかったりするところがあり、
ミーティングにちょっとした限界みたいなものを僕らは感じていた。


こ、こりゃあ一回集まらなきゃ…


ということで年の瀬が近づく12月のある日、
僕らは宮嶋さん家に一同に会した。
(女の子の家なだけあって僕らの中で多分一番部屋がきれいだと思われる。
本間君の部屋もきれい。次が多分僕。最後は省略。)


仕事の関係で僕が一番遅れて行った。

ミーティングでは何度も話しているのに、
集まってみるとなぜかちょっとした緊張感?照れ?があった。


例えるならばバレンタインデーの朝、
朝のうちから校門あたりでうっかり会ってしまった男の子と女の子のような…
とも思ったけれどよく考えると全然違ったのでこの話は終わり。



ところで僕は小学生の頃、バレンタンデーの前日あたりに

「明日はバレンタインデーだよ」

とか言われると

「えっ、そうだっけ?あぁもうそんな日なんだ…ふーん。」

と言いながら、

毎年内心ドッキドキでした。ごめんなさい。

でも10人中7人位の男子はきっと僕の気持ちを分かってくれるんじゃないかと信じて疑いません。
ついでに高校時代に僕の上履き入れいっぱいにチョコバットを詰め込んでくれたみんなにありがとう。




そんなわけで僕らは久しぶりにお互いの顔を見て会話することになった。


と、いってもまあお腹を空かせて集まった4人。
とりあえず飯食って酒を飲みかわそうぜ、と。


あったかい鍋と冷たいビールにかなり夢中でした。





--

お腹も膨れ、大量に買ったお酒をロングランで飲みながら雑談することに。



本間「俺らCaravanだけど、会社にするとして、ほんとにCaravanでいいのかな?」



実はこの話題は今までにも何度か出ていた。

ちなみに僕が以前提案した「株式会社太巻」案は
前人未到のスピードで却下された。


曰く、「寿司屋かと思う。」


そりゃそうか。(そうか?)


そして社名について本気で考えてみることにした。



-10分後-


「…いやーそれが最近なんか、髪が薄くなってきてさ~。」



まあ結局は雑談という形で、
しかもお酒を前にした僕らが10分間同じテーマを保ち続けて話すのはどだい無理な話だったのでした。


しかしこの話題が実は異様な盛り上がりを見せた。

「…いや、実は俺も。」
「俺も。」



男子全員脱落。



「みんなハゲてたら、まずいよな~。」


「なんか違う集まりみたいだよね、圧巻ではあるけど。」


本間「もういいじゃん、株式会社ハゲで。



その瞬間僕は思った「これはいよいよ着いていく人を間違えた。」

しかしこういう時についうっかり悪ノリをしてしまうのが僕の悪い癖の一つだった。



僕「いや、そこは敢えてかっこをつけてだよ?英語読みで『ヘイジ』とかに…。」


代表「お~。いいじゃん!かっこいいじゃん、ヘイジ!株式会社HAGE!!」
ぼく「うん。」
副代表「HAGE、」


宮嶋「絶っっ対、イヤ!!!!!」






その後夜は更け僕は机の上のビール缶が7つぐらい積み上がったぐらいからよく覚えていない。
後で聞くと一番早く寝てしまったそうである。



朝起きて歯を磨きに行くと顔と足に落書きがされていた。

僕は何だか懐かしい気持ちになりその落書きに向かって小さくほほ笑んだ…りは決してせず、
後ろで起きぬけの3人をちらと睨みひとり黙々と落書きを消した。

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2009

02/22

Sun

23:55:03

始まりの話④(後編) 

Category【 今までの話 】
宮嶋さんの場合は、初めて会社の上司に話したとき、
その上司から、


「いつも辞めていく人に関しては、俺個人としては止めないが、会社としては反対だ、という言い方をしている。

けれどお前のことに関しては、どちらかというと俺個人として反対だ。」


という風に言われたようである。


一度決めた道をこんなに早く辞めていいのか、お前は何もつかんでないんじゃないか。
ということも言われたらしい。


そこで宮嶋さんがどう言ったのか僕は詳しくは知らないけれど、
今現在では本部の総務次長まで話がいき、ちょうど話をしているところだ。


また、実家の方との話し合いも行われて、
宮嶋さんが宮嶋さんの父と話したとき、
桐村君と同様に僕ら宛てでこんなようなメールが来た。

「全部その通りだったし、敵わなかった。」


敵わなかった、とメールが来た。



そして宮嶋さんは、自分を含め、またしばらく僕ら四人を冷静に見直す機会を得た。
宮嶋さんの実家の方との話は、この後にまた少し続く。




--

そして僕の場合。

僕が会社を辞めようと思っていることを初めて上司に話したのは一月の第三週。
(ちょうどblogの一個目の記事。)


だけど親とはその前にすでに話してあった。

僕は父と母の二人に話すため一度実家に帰った。


「ちょっと、話したいことがあるから週末栃木に帰るよ。」


としか連絡していなかったためか、
駅から家に帰るまでの車中には若干の緊張感。




あとで聞いた話によると

「きっと結婚か転職だ。」

と、
電話があったその日から暫く、
父と母と妹の間でちょっとした議論があったらしい。

(家に着いたあと、妹に「結婚の話じゃないよ」というと、
超瞬間的に興味を失い、どこかに遊びに行ってしまった。
あいつはきっと大物になる。)


なので食卓を囲みながら父と母と三人で話し合い。
父も母も本間君のことは知っており、
僕があらかた話し終えてから父は一言、


「そんなとこじゃないかな、と思ったよ。」


と言った。


母は困ったような顔をしていた。
父は考え込んでいるような表情だった。


父と母に大学に行かせてもらって、
ようやくきちんとした会社に入らせてもらったのに、
それを一年も経たずに辞めることを僕は申し訳ないと思っていた。

それに人事の人の話じゃないけれど、喧嘩になるほど怒られるかもしれない、と。



でも、

ちがうんだな。

と思った。


きっと、親の気持ちはそうじゃないんだ。




どうして今なんだ、タイミングは今じゃないんじゃないか?
仲間と何かやることの大変さ、リスク、きちんとわかっているか?
お金のこともきちんと考えているか?一番分かりやすく、環境にも関係にも影響を与えるぞ。



大学を出してやった、
とか、
せっかくいい会社に、
とか、

そういうことじゃなくて。


全部僕の心配だった。


父も母も僕を一人の人間として「相手にしてくれた」
たとえ無謀でも、会社を辞めてでもやる、という僕の意思や感覚を分かってくれていた。

でも、僕は息子であるわけで、

その葛藤のまま、話してくれた。



父は最後にぼんやりと宙を見上げて

「男ならやっぱり、やりたいと思った道を行かなきゃつまらないよなあ。」

と言った。



きっと父としての意見と男としての意見がどちらもあるのだろう。

僕の父は若い時に働いているところを辞めて、
気の合う仲間どうして、ちょっとした仕事を始め、
そして失敗していた。
だんだんと仲間が離れていく辛さも経験していたという。



最終的に二人は

「俺たちはとりあえず、今、反 対 し て お く ぞ 。」


という言い方で結論を出した。

その上でやるというのなら、それは止めない。


というような話し方だった。


その後僕らはお酒を飲みながら、
父の過去の仕事の話、
僕が生まれてすぐのころの話、
ひいばあちゃんの話、
僕が小さい頃の話なんかを三人で話した。


僕は結構お酒を飲んで、

「俺は父さんと母さんの間で育った子として
世の中の悪意と闘わなきゃいけないし、
それを伝えなきゃいけない。」


とか、そんなことを言ったと思う。
我ながら、これは大分でかいことを言った。

こ、これはさすがに酒を飲んでなかったら言えなかったかもしれない。。。


Caravanとどうつながるのかわからないけど、
その時の僕には何かしら閃きがあったのだろう。


大袈裟かもしれないけど、
人間みんなに共通する心地よい何かがあるなら
僕はそれを知りたいし伝えたいなと思う。


それをするにはまだまだ人も世界も大きすぎるから、
少しでもたくさんのものを今は見たい。


「広い世界を見るのだ。」


ってね。




こうして僕の親二人との話はおしまい。


今でも僕らの話を真剣に聞いてくれる二人に、
親でいてくれる父と母に、

僕は感謝し続けている。


…感謝している、ってのは少し違うかも。

「ありがとう」って思います。


そして、「申し訳ない」と思うのはもうやめようと思った。


なんだか、
すごくお門違いだ。




というわけで今回の話はこれにて。

次回は世界一周について話そうか、

いや、どうしようか。
 

2009

02/21

Sat

18:18:01

始まりの話④(前編) 

Category【 今までの話 】
世界一周が決まった六回目のミーティング。


本間「行こう!」
桐村「…行きますか。」
僕「ん、行こっか。」




僕「みんな誘ったら来るかなー。」
桐村「すごい来たらどうしよう?」
僕「いや、誰も来ないかも。そしたら四人だなー。」

本間「でももし誘ったら来ちゃいそうな奴、周りに何人かいるな~」


桐村「それはおまえの周りだからやろ。」


…さてじゃあとにかく誘ってみよう!



といってもただ話すだけで説得力があるかしら?


うーん…
うし、んじゃあ企画書作りましょ!





そうして参加者を想定しての世界一周プランを作り始めたあたり、
Caravan保留中の宮嶋さんから三人にそれぞれ電話がかかってきました。


僕んとこにはこんな感じ。

宮嶋「決めた。Caravan、やります。」

「ミヤ、びびってただけだった~~。」


余談だが宮嶋さんは自分のことをミヤと呼ぶ。
僕と桐村君は名字で呼び捨てにされている。


…そういえば女の子に名字で呼ばれることなんてあまりなかったかもしれない。

(それが出来たはずの貴重な高校三年間を僕は男子校で過ごした。合唱コンクールで練習しない男子を注意するのも当然男子である。切ない。)



かくしてここで四人が集合。


本間君が各種情報収集と、理念などの軸づくり。

桐村君がお金の計算と全員のタスクの管理。

宮嶋さんが企画書づくり。

僕が差し当たってホームページづくり。



各々の思いやこの先どうしたいかを話す段階から、
形を作る段階へと移行していった。動き出した。


…が、


これからCaravanとして活動していくにあたり、
当時僕らにはちょっとした壁があった。




つまり



親に(会社に)どう言おう。




2009年の4月から季節労働でお金を稼ぐとすると、
今勤めている会社は当然辞めなければいけない。



僕がblogのはじめのほうの記事で書いたように、
今現在(2009年2月21日)でこそ、四人全員親にも会社にも話しているが、
世界一周が決まったあたりのこの段階で、
本間君を除いて親と会社のどちらとも話が済んでいる人はいなかった。
(本間君は親とも色々話した上で僕らを誘った。)







僕らの中では桐村君が一番早く会社の上司に話しており、
この時既にいつ辞めるかと言うところまで話が進んでいた。


彼は経営コンサルタントの会社で働いており、
夢を追って会社を辞めて独立しようとする人も多いらしい。


そのため上司もそういった相談には、変な話、慣れていた。


「仲間とやる」という点とお金の面で忠告され、
しかし事業内容は「ここ最近聞いた中で一番面白い」という評価をもらって、
会社を辞める話には決着がついたようだった。


その後、

「バイトのほうが稼げる!」

と、彼は先駆けて会社を辞めることになるが、
実家の方がお店を経営しており、
彼はどちらかというと会社よりも親に話すほうが一大イベントだったようである。


実家に電話をかけた後僕らにメールが来た。


そこには「親父と話した」といったような内容と、
桐村君のお父さんからもらった言葉が書き記されていた。



曰く「起業?ガハハ。絶対無理。」


後から聞いた話によると実際に話してくれた言葉というより、
桐村君が受けた印象を言葉にしたものらしいけど、
このメールを見たときの衝撃は今でもよく覚えている。

「さ、流石だ。」と僕は何故か感心してしまった。


とはいえ、ものすごく止められる、ということはなく、
それでご実家とも話がついたようである。


桐村君の話はこれで終わりだけれど、


たぶん彼はその分
「止められない」というプレッシャーと闘っているんだろうなー、
と僕は思う。


しっかりと自分の意思を認識していなければ恐らくそれはできないし、
もし生半可だったら、自分を疑いはじめたり、
それに押しつぶされたりしちゃうんじゃないか、と。


でも桐村君に関してはその心配は杞憂なんだろうな、
とも思う。



なんとも「闘う」というイメージがしっくりきすぎる男なのである。




「本気でやってたら俺は死んでる。

だからまだやれる。」


真剣にそんなことを言うやつなのである。


「おいおいじゃあ人生で一回しか本気でやれないじゃない。」


「本気でやって死んだら別にもう後悔せんやろ。」


いやいや僕たちが困りますっての。





以上、桐村語録でした。


そんなわけで、
変わった人たちにふりまわされる僕に
これからも応援メッセージ待ってます。


後編へ!!!!
 

2009

02/14

Sat

22:17:37

始まりの話③ 

Category【 今までの話 】
ある日のミーティングで本間君(代表)が言いました。


「ねぇ、俺、世界一周行きたい。


「…え?」


(僕の頭を世界各国が走り抜けた。ほとんどがモンゴルとニュージーランドだった。)


「日本もいいんだけど俺世界一周したい、みんなで。行きたい奴みんな連れて。なんかさ、まっすぐ続く道をさ、日本人10人ぐらいがみんなバックパック背負って歩くの。想像しただけですっごい楽しそうじゃない?」


宮嶋さんはまだ参加保留中だったので、桐村君(副代表)と僕がその日のミーティングでそう持ちかけられた。
資金を集める方法が季節労働に決まって、
そのすぐ後のミーティングだったと思う。


本間「それにさ、俺たちはまだ旅っていうものを肌で実感できてない。自分たち以外に参加者がいるって環境と、そこで俺たちがどうできるかってのも知っておきたいし。」


桐村「…いやーキビシいやろー。」


当然即決するわけには行かなかった。
期間は季節労働終了後。


本間君の言うことも分からなくも無い。
今はまだ、言葉で表せていることが少なすぎるし。


けど、世界一周だってタダで行ける訳じゃない。
仮に季節労働がうまく行ってお金を稼げても、
世界一周なんてしたらそのお金はなくなっちゃうし、


それに旅するなら日本を周りながらいろんなところを見るってこの前話したじゃん?



本間「う~ん。そうなんだよな~。でも、やっぱ、行きたい。たくやといっしー(僕)は行きたくない?」


桐村「いや、そりゃなにも考えなかったら行きたいけど…」



桐村君がお金の計算をしているので、
この時、代表のこの提案にははっきり反対していた。


僕はそれとは別に思っていたことがあったため(後述)、
世界一周をすべきかどうかと同時にそのことも考えていた。


ミーティングは「したい」と「するべきでない」でしばし拮抗。
この時は色んな話が出たように思う。




・俺たちは「仲間と行く旅」を提案したいし、実感しなければいけない。モデリングが必要。けど国内だと「旅」って感じがしない。


・揺さぶられる"わくわく"の感覚は国外の方がでかいはず。メンバーがそれを全員味わってるってのは絶対武器になる。


・お金の問題だけじゃなく、事業計画を作る期間だって必要なのに世界一周とかそんなことをしてる時間はないんじゃないか。


・無謀。


…僕はこのときある本を読んでいてそれに思考がかなり刺激されていた。
書名は伏せるけどイマジネーションとクリエーションについて書かれた本。


僕は自己啓発本はすっごい苦手で(というかあんまり好きでなくて)ビジネス書とかもほとんどよまなかったんだけど、この本はとても好きだった。


それでこんなことを言ったと思う。

「"創造の大きさ、幅広さ"はその前の過程にあるべき"想像の大きさと幅広さ"に直接影響を受ける。もしみんなやりたい気持ちが共通してるんだったら、まず大きい絵を描いたらいいんじゃない?」


僕の説明が下手すぎて、たぶんなんかうまく伝わらなかった。
でもこれを言ってるときのぼくは多分超キラキラしてたと思う。

(いや、俺これ、もしかして、すっごいいいこと言ってるんじゃ?)


無理かどうか考えるのはひとまず後にして、やりたいこととかしたいことを思いっきり広げてみたらいいんじゃない?

もしそれが無理だ、ってなって現実的な形にしても、
最初から現実的思考に押しとどめるよりも実はずっと大きなものができてるんじゃないかな?

ってことを言いたかったわけなのよね。


それで最終的には初心に立ち返って、

みんなやりたいなら 取りあえず、やってみようか。
ということになった。
無謀なのは、初めっから無謀だし。



ホントに無謀かどうか、
甘いのかどうか、
お金がない時間がない、

それはやってみてホントにダメだったとき考えよう。



「やりたいことを、やりたいやつらと」

そうなった。




本間「大丈夫。

もしダメでも俺らはみんな立て直せるよ。」





--

このミーティングの少し後、


「本当は起業したいの?それとも本当は起業したくないの?」


と僕は聞いた。
つまり「そういうこと」だ。

返事次第では僕の気持ちがなくなってしまう可能性もあった。


最初に「いいこと聞いてくれた」っていうようなことをこと言われて、内心ちょっと焦った。
(ええっ…な、なんて返事するんだろう。)


本間
「みんなと旅したい。それはホント。素直な気持ち。
でも旅し続けたいわけじゃない。
世間とか社会から離れて放浪したいわけじゃない。
社会に根付いて、旅を創りたい。
伝えたいものがある。
だから起業したい。
これもホント。これも率直な気持ち。」





世界一周についても同じ風に聞いたことがあった。

起業のモデリングなのかただ単に旅したいのか

そしたら「ただ単にみんなと旅したいし、起業のためでもある」って返事が返ってきた。


どっちが建前でどっちが本音なのって聞くと

建前と本音ね、なるほど。
ちょっと待って考えるから。


うん、やっぱどっちも本音だわ。


こんな風に答えられる。
んで「嘘じゃないな」という感じがする。

あーそうかそうか、じゃあ乗ってやるか、と思う。



そんなわけで、
僕は辞退をせずに、
ここにいるわけで、


今後もこの人たちの動向を、
さてどう悩み、どう生きるのか、


しっかり見ていってやろうじゃないの 、
と改めて思いましたとさ。




かくして二本柱のもう一本

「Caravan×世界一周」


このとき決定したわけでした。



 

2009

02/11

Wed

19:59:33

始まりの話② 

Category【 今までの話 】

めったにない水曜日休み…嬉しい。

こんちは!



今回の話は前回の続き…ということで概要は大体前回話した通り。
だからこれから詰めなきゃいけない部分がいっぱいあるのです。



とはいっても初めに誘われた時は更になんにも決まっていない状態でした。


起業

仲間


この「キーワード」だけ。


各人の思いや考えの擦り合わせも全くない状態。


そんなわけで第一回ミーティングは「参加の理由」と「やりたいこと、求めること」を話し合うことから始まった。


ミーティングといっても全員住んでいるところも休みもバラバラなので、
平日の夜にSkypeを使って会議することが今となっては恒例。


みんなそれぞれが何かを感じ参加を決意したわけだけれど、
同じぐらい不安もあった。
たぶんそれは将来のことであったり、自分の気持ちであったり、
様々だったと思う。



「自分のやりたいことが確立できていない。」



例えば今は企画づくりの中心となっているミヤは、
このミーティングでそう言って、参加の決定を暫く保留することにした。



自分の意思が曖昧なまま、ひっぱられてCaravanの活動を続けるのって、
いや、なんでもそうかもしれないけど、結局自分にすごく負荷がかかることだと思う。


だから、ミヤの答えが固まるまで、僕ら三人は何も言わず待つことにした。


そしてミヤを抜いて第二回以降のミーティングから理念や行動計画の話になっていく。



が、



さて課題。



「お金がない。」


いくら株式会社が一円から建てられる時代だって言ったって、現実的にはそうもいかないでしょ。



一体資本金っていくらぐらいかかるの?

え、旅行業の登録金も要る?

と、とりあえず…貯めなきゃね、、



会社で働いて貯めたほうが賢いか?四人でルームシェアしてバイト生活とか?


そんな折に代表が貴重な話を切り出した。


代表「それがさ、

日本を回りながら働いて300万稼いだ人がいるんだ。」






僕「…おぉ。」



多分こんな反応をしたと思う。
動じなかったわけじゃなくて実感がわかなかったのである。



「おれの従兄弟、ベランダでゾウガメ飼ってんだぜ。」

とか言われてもたぶん同じ反応をしてたと思う。
すごいのはすごいんだろうけど、つまり一体何がどうすごいのかよく把握しきれていなかったのだ。



副代表はその点しっかりしていて

「どこでいくら稼いだのかちゃんとわからんけん、不安やな~。」
「それはおかしいやろー。」

とかどんどんその「一年で300万」を掘り下げていってくれた。


(あ、言い忘れてたけど副代表は大分の出身で、
僕らのミーティングでは山形訛りと福島訛りと大分弁が自由に飛び交う。
ちなみに僕だけ標準語だ。うつらないことを祈る。)



そんなこんなで代表がその知人に話を聞きこんでくれることになった。

具体的な仕事は伏せるけれど、大体二か月~三か月ぐらいのスパンで、
その季節その季節に需要が高まる仕事を探して、働かせてもらい、
お金を稼ぐという方法をしていたみたい。
(僕らは一応便宜上「季節労働」って呼んでいる。)


すごーくわかりやすく考えて、海とか雪山のリゾートバイトの延長とか、
それのもっと土臭い感じになるんだと思う。しかも住み込みで食事も頂けるところも多いらしい。


ともあれ、


あれ、一年で300万?
低く見積もっても一人250万…そしたら一千万円ぐらい集まるじゃん。



一千万集まったら確かに…会社、起こせるかも。


なんの根拠もなく僕はひとり一千万あれば何でもできるという感覚に溺れていた。

(僕たちが今後実際にいくらかかるのかは副代表が今かなりシビアに計算してくれてて、
無論そんな簡単には行かないのだろうけど、僕は正直ちょっとそう思っていた。)


そんな気持ちがが各人にあってかなくてかしらないが、

とりあえず目標一年一千万。

がいつの間にか僕らの中に感覚として出来上がっていた。




代表「それに旅を仕事にするんだし、日本のいろんな土地を見て回れる。
俺ら次第でいろんな場所で繋がりも作れると思うし。


…ただ、お金は貯まるけど、めっっっちゃ辛いらしい
まあでもそれなら大丈夫っしょ、はは。」



えっ。


あれ、副代表…こんなことになってるけど?



「まあ別に問題ないやろ。」


おおう。そうだよね。そっか、そうくるよね。


一番文科系な僕は自分の体力にこのとき一抹の不安を覚えつつ、
しかし二人の物怖じのしなさに面食らいすぎて笑ってしまいました。


これが第三回だか第四回のミーティング。
かくして現段階での二本柱の一つ


「季節労働でお金を稼ぎ、ついでに日本縦断」プラン完成。



ではでは始まりの話③に続きます!!